『「ゼロリスク社会」の罠~「怖い」が判断を狂わせる~』(佐藤健太郎)

光文社新書、2012年、Kindle
おすすめ度:★★★★

「現代の我々を襲うリスクは、歴史や経験からは教訓を引き出せないものばかりである。何が、どれくらいの量あると、どれだけ危険なのか。イメージや先入観、本能の発する恐怖に惑わされずに、一人一人が定量的に考え、リスクを判定していくにはどうしたらよいのか。これ以上、身体的・経済的損失を出さないために……本書では、この時代を乗り切ってゆくために必要な「リスクを見極める技術」について、気鋭の科学ライターが教える。
1970年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医薬品メーカーの研究職を経て、サイエンスライターに転身。2009年から3年間、東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教をつとめる。『医薬品クライシス』(新潮新書)で、科学ジャーナリスト賞2010を受賞。2011年には、ウェブ・書籍などを通じた化学コミュニケーション活動に対し、第1回化学コミュニケーション賞を受賞。著書は他に、『有機化学美術館へようこそ』『化学物質はなぜ嫌われるのか』(ともに技術評論社)、『創薬科学入門』(オーム社)、共著として『化学コミュニケーション』(化学工業日報社)などがある。」



日本社会の「リスク」について、色々な事例を簡潔に紹介している本です。
有名なものだとマーガリンとか原発とかですね。


本書の主張は行き過ぎたリスクへの恐怖(=ゼロリスク願望)が社会的・経済的な損失を引き起こしているというものです。
例えば、上水道から僅かに基準値を上回る有害物質が検出された場合、断水の処置が取られます。しかし、基準値は既に十分に厳しいため、短期間に僅かに超過しただけでは人体への影響はほぼありません。それよりも断水によって引き起こされた社会的損失(給水車の出動、学校の休校など)の方が大きいと言えます。


また、「有害物質」に人々は注目しますが、そもそも有害でない物質はなく、どんなものでも多く摂取すればたいていの場合は有害なのだそうです。(たしかに、微量でも甚大な被害のある「有害」な物質もあります。)
現時点において健康に良いと評されている食品でも、数十年後には危険な物質だとされているかもしれません。
私たちにできるのは、色々な食品を摂取してリスクを分散するということなのだそう。
将来において何がどうなっているか分からないからリスクを分散する、というのは投資においても同じなのではないでしょうか。


本書でも「リスク」に関する心理学的・社会学的見地からの説明はいくらかありますが、私の興味関心としてはそれらに関する言及がもう少しほしかったところではあります。(筆者の専門出ないため仕方ない。)

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